
稲毛公園から稲毛駅方面を望む(平成20年3月撮影)景観に完成予想CGを合成

稲毛の地名が歴史文書にその名を現すのは、808年(大同3年)に富士山本宮浅間神社の御分霊を奉った「稲毛浅間神社」。木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を祭る、安産と子育ての神社として厚い信仰を得てきました。かつて人々はここから、富士山と青い海原の絶景を眺めたのでしょう。約5000坪の丘陵地に広がる稲毛の松林とともに、境内は往時の姿を留めています。
1937(昭和12)年、士官留学中の愛新覚羅溥傑(清国最後の皇帝溥儀の弟)と日本の侯爵令嬢が結婚した際、新婚生活を送ったのがここ稲毛海岸であったことからも、当時の稲毛の地の風格を伺い知ることができます。現在は「千葉市ゆかりの家いなげ」として保存、一般公開されています。


海気館の隣地に別荘を建てたのが、“日本のワイン王”と呼ばれ、浅草の神谷バーを創業した実業家・神谷伝兵衛氏です。
1917(大正6)年に建築された白いタイルにアーチを並べた洋館で、当時としては千葉で最古、全国的に見ても初期にあたる非常に貴重な鉄筋コンクリート造りの建造物です。洋館は現在も当時のまま残され、同じ敷地内にある「市民ギャラリー・いなげ」が市民に開放されています。

